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ブログから1歩前進へ ~興味があるものを楽しみながら「心」動くままに~

うつ病経験談~発症直前から診断されるまで~の巻

2019.07.16 MasuStar.Galley始動

うつ病経験談を書きつづります。
長文になる見込みです。
読んでくださる方にとっても疲れないように何回かに分けます。

書くにあたっての心構えは下記のページに記載しました。
ご興味ある方はどうぞ(^^ 

mikingstar01.hatenablog.com

 

私が初めて精神病・心療内科に対応している病院に行ったのは、

2016年9月中旬 (29歳3か月

まさかでした、まさか自分がうつ病?!

当時は悔しくて悔しくて認める事が出来ませんでした。

 

 

 

 

 

 順に読んでくださるのであればそれは嬉しいです。が、長文です。しつこい。

目次から気になるものだけ抜粋でも全然OKです(^^♪

 

 1.直前の日常生活

当時は都内のフードサービス業の会社に所属し、ばりばりの現場マンでした。

(格好つけて書きましたが、居酒屋気質の飲食店勤務です)

若気の至りで約1年よその会社に浮気をしていましたが大体7年の間お世話になりました。

尊敬出来る上司や先輩、家族みたいな仕事仲間と素敵なお客様に恵まれ、

やりがいも十分にあり、何よりこの職業が天職と思っていたくらいです。

今でもこの会社に出会えてた事に感謝しています。

正社員、副店長と経験し、29歳で当時の店舗では初の女性店長となり、

繁盛店としての功績も認めてもらいつつあった頃です。

「今後も頑張っていこう」そう意気込んでいた矢先の事でした。

 

2.労働環境 

営業時間が夕方から朝方までがということもあり、

14:00~15:30頃に出勤、5:00~6:00ごろに退勤という日々。

ミーティングや反省会、仕事仲間とちょっとご飯食べて帰るとなると、

帰宅時間は8時とかになります。

帰るのが面倒で、店舗近くの漫画喫茶、店泊(本当はダメ)もしばしば。

ひどい時は電車で寝てしまってそのまま熟睡。数時間後に起きたら帰ってる時間がなくて、漫画喫茶のシャワーだけ借りてそのまま出勤というのも。

都内の山手線、起こされないから厄介です。笑

ちなみに勤務地から自宅までのかかる時間は約45分。

飲食業界だと一般的より少し過酷になりますかね。

長時間労働といっても(半休2日を1にカウントして)月6~8の休みを取るよう言われてましたから。(実際はその半休も8時間以上なので世間の半休ではないです。笑)

また、休みに会議や勉強会などが入って結局店舗や会社に行ったりで。

 

それが当たりまえと思っていたので完全に麻痺しています。

「しんどいなー」よりも、「あー忙しい、でも忙しいって格好いいでしょ」みたいな。

 

その文化が当たり前のまま店長になったとは言え、

店長だった私がもっと客観視出来ていたらもう少し手は打てたはず。

そのあたりに関しては悔いが残ります。

自分にというよりは当時一緒に働いていたスタッフに、本来の飲食店での楽しみ方を伝えきれなかったのが。

 

3.見落としていた前兆と症状

今思えば、前兆は確かにありました。上記の労働環境です、決して楽ではありません。

ただ、天職と思い込んでいた自分がいます。しんどい事も苦しい事もあるけど、それ以

上に楽しさもあり評価もされ、やりがいがあって完全に“自分の居場所”になっていました。自分の存在価値が確認できる事で自信に繋げていました。

 

 精神科の病院に行ったのは2016年9月(当時29)ですが、その前にも病院に行くべきか迷った時期もありました。

大きく気分が落ち込み体が動かず仕事に行けない事が数回ありました。

仕事を休んでしまうくらいの状態を[強]とすると、

仕事には行くけど様子がおかしいくらいの状態となるのを[弱]とします。

この[弱]2,3か月に1回のペース、

[強]は1度退社する前に2~3回、出戻りしてから1回。

 最後の出戻りでの1回の時にかけこんだのが産婦人科でした。

そこでは自律神経失調症かもという事で漢方薬を処方してもらって以上。

 

共通して言えるのは、どの時も心と身体が一体ではない事。

 回数が増す毎に気分が落ちてから立ち直るまでに時間がかかっていく事。

 

喜怒哀楽の波が激しく感受性が高い性格、

人に相談をしたり、甘える、弱音を見せるといった事が苦手で、
基本的には抱え込んでしまう事も大きな原因の1つでした。

 

店長の役職を頂いてからは嬉しい・誇りに思う気持ちと並行して、

よりプレッシャーと責任感を強く感じていました。

また自分の理想を周りに押し付けてしまいう事も増えてしまい、

思うように物事が進まない事に強くストレスを感じはじめたあたりから、

前向きな気持ちよりしんどさが増していったような気がします。

ただ、その時でさえも自分の力不足で結局は自分に問題があると責めてしまい、

怒りの矛先を自分にあててました。

 

 この職業は私の天職でこの現場は私の居場所みたいなところという強い気持ちが、

自分を客観視出来なくさせていたのだと思います。

 

【具体的な症状内容】

◆肩こり腰痛

長時間同じ姿勢をしている職業の方はよくあると思いますが、

私も慢性化しており、整骨院にも通っていましたが気休めにすぎません。

この仕事してるから仕方ないよな って感じ。

◆右肩から右指先までのしびれ

起床時にしびれの痛さで目が覚めてました。また起床して数分は手の感覚がありません。

ひどい時はテーピングして仕事してました。

◆眩暈

眩暈はひどかったです。

最初はただの立ち眩みかなと思う程度でしたが、

その内、頻度が増して頭を動かすと症状が激しくなる状態に。

そのなかでもひどかったのが起床時です。

身体を起こそうとするけど天と地が時計周りにぐるぐる回って起き上がれない。

まっすぐ歩けないず右にひっくり返るんです。

そして酔う。

 

結果、疲れをとる睡眠のはずが目覚めの時が1番しんどい。

 

どんどん壊れてきてたはずなんです。それでも体にガタきてんなーくらいに思って、あまり重要視しなかったんです。

“行かなきゃ” ”やらなきゃ” で終わらしてしまいこれを放置したのが良くなかった。

 

4.始まり

そんなこんなで2016年8月中旬に夏休みとして3日間お休みを頂きました。

ここでリフレッシュが出来ると思って喜びを感じつつその時は同棲をしていた現主人と旅行へ。

 

帰ってきてから、ねむっていた病みが本性を出してきたんです。

ちょっと休んだから心と体が気付いてしまったんだろうなと今では思いますが。

 

夏休み後の勤務数日はあきらか調子が悪く、そこから、一気に、いや一瞬にして、

私の心と体の見えない何かが崩れていきました。

積み木が崩れるみたいにガタガタガタッと音がなった感覚は今でもはっきり覚えています。

・お客様の前で笑顔になろうとすると涙が出てくる

・誰もいないところではしゃがんで涙が止まらなくなる

・誰よりも動き回るある意味問題児の私が動けなくなる

仕事にならないです。

極めつけに現場にいるだけで吐き気がして早退させてもらいました。

早退した日、店を出たのが25時とか26時ぐらいだったかな。

タクシーで帰宅してすぐに横になって、

次の日、昼ぐらいに目が覚めて「準備しなきゃ」って起き上がろうとしたら

身体が硬直したみたいに(金縛りとかではないんです)動かなくなってしまいまして。

本当に不思議。

天井を見てただただ涙が流れてきます。

その天井から黒くてぼやけてる暗闇みたいなのが真上から襲ってきました。

その時、自分の中で何か“ぷつん”って糸が切れました。

 

いつものただ気分が落ち込んで停滞している時とはまるで違う。

たまに起こる[強]ではない事を悟ると同時に胸騒ぎが尋常がなかったような覚えがあります。

 

5.糸が切れたその後

はっきり覚えていません。なのでうろ覚えです。後々に書いた日記を参考に書きます。

仕事編

糸が切れてしまった日は、

今日は行けないみたいな事を言ったんでしょうか。

電話が鳴ってるけど放置してたかな、無断欠勤になってたのかな。

それが2日後か3日後か5日続いたかは曖昧ですが、

気付いたら上司が自宅のチャイムを鳴らしてました。

最初は驚きと悪い事してるから後ろめたさと、なんか怖くて居留守みたいな事してましたが、なんとか出ては話をした覚えがあります。

とりあえず「休め」みたいな感じだったかな。

そこから有休を使って休養する事になります。

プライベート編

10分毎に数分後毎に気持ちの浮き沈みが続き、まるで自分が何十人もいるみたいで、

もはや自分が自分ではなくなってしまう恐怖。

いつからこんな風になったのか責めて責めて責めまくる。

何もする気にならないので風呂にも入りません。長い時で1~2週間? 

おかげで頭もボサボサ、ふけもすごい、身体も臭い。 

なのに食べる事によって少し気が楽になるからお腹いっぱいでも何か食べ物を口にするんです。でも吐くみたいな。

そうなると早く死にたいとばかり考えます。

主人には見られないようにしてましたが、常に包丁を持っていたと思います。

 

6.初めての精神科の病院

そんな状態でも精神科に行くか、すごく迷いました。
まだそこまでじゃない、大丈夫、大丈夫って言い聞かしてました。

単純に抵抗があったんです。
多重人格になったように数十分毎に変化する性格、

度重なる自殺願望、未遂が続き

このままでは、自分以外に矛先が向いた時の恐怖を感じていた時に

目も赤くて疲れきってた主人に「しんどい」と重い一言を言われ

このままじゃダメと感じたのか
意を決して精神科に足を運びました。その時は待てば当日見てくれる病院でした。

3,4時間待った気がします。
診断結果は「抑うつ

言われたくない事を次々に説明された気がしますが何を言われたか覚えていません。

ただただ悔しかったです。どのくらい悔し涙が出たんでしょうか。
なんでこのタイミングで。なんで私が・・・
自分を責める事しか出来ませんでした。

 

最終的にはこれを期に、この病気と向き合う事を覚悟して

残りの有休を過ごしましたが、
回復どころか仕事に戻らなきゃ早く直さなきゃの気持ちが余計に悪化させてしまって。

有休中も心配してくれていた上司に、

ありのままを話をして現場復帰は望めないと相談しそのまま退社となりました。


しかし、突然の事で、引き継ぎ作業や挨拶も出来ず、

どんな理由にしても店長という立場以前に、社会人として最低な辞め方をしてしまった、いや現状から逃げてしまった。

情けない思いと悔しさと。

上司1人とは顔を見て挨拶しましたが、以外の方には後のLINEでの事後報告。

それがその時出来た唯一の方法でした。

 

でもこれがまたその後自身を苦しめます。

 

 

 

7.振り返り

そんな感じの

うつ病経験談~発症直前から診断されるまで~でした。

今回はここまでです。

なるべく細かく書いたつもりですが、

過去の事を思い出しながら書いてると、、、結構きますね。

記録帳とか日記とか途中で何度も目をそらして一旦深呼吸です。

この記事1つも通しじゃなくて時間をおいて仕上げました。

大袈裟ですよね。

でもそのくらいじゃないと吸い込まれるんですよ。負の吸引力みたいな。

だから他のおもてなしや料理のテーマでの記事も書きながら進めていきます( ;∀;)

宜しくお願いします。

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追伸:

今は元気なカナコです(^^)/